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31歳サラリーマン米国株投資日記

35歳セミリタイアを目指してみる

キャリアプランという言葉がだいきらい

よく会社の社内評価シートとか、研修とか、転職サイトとかを見ていると、あなたのキャリアプランを明確にしましょう、とか書いてあっていつも不思議な気持ちになります。

私はそれを見るたびにそんなのしるかこのアンポンタンが、と吐き捨ててしまいます。明日のこともわからねえのに10年後の自分なんかわかるわけない。そもそも会社にいないだろうし。

そもそもこれを作る意味ってなんなのでしょうか。5年後、10年後あなたはどうなっていたいですか?そんな質問を私に浴びせようものならこう答えます。

セミリタイアしていたいでありんす。

そしたら人事担当者はどんな顔するでしょうね。私は理路整然とその実現可能性とメリットを説明する自信がありますが、私が人事担当者ならそういう人こそ出世すべき人材だと見込んで社内に掛け合います。しかし、残念ながら会社はそんな人求めてはいません。会社の求めているのはこんな回答です。

「5年後の自分はグループリーダーとなってリーダーシップを発揮し、10年後はチームを束ねて新規プロジェクトを主導できる立場になりたいです。」こういう意識高い系のことを平気でさらりと言ってしまう人が続出するから笑わせてくれます。このような回答はまさに噴飯ものです。

これは既に思考停止の末期症状ですので、くれぐれも気をつけてください。私だったら「五年後の自分は会社を退職し、犬と一緒に幸せに暮らしたいです。そして、柴犬をたくさん飼って柴犬ブログを立ち上げます。」とでも回答します。この人のほうが絶対に正直で面白いし、会社に必要な人材だと思わせてくれます。

私は会社などから提示されるキャリアプランという言葉が大嫌いです。なぜならそこに一種の押し付けがましさを感じるからです。あなたは会社がどういう人を求めているかわかるよね、その方向性で物事を考えなさいよ、という押し付けがましさです。

だから、「私のように柴犬と暮らします。」とか言ってしまった日には、きみは大丈夫かね?ということになってしまうのです。

だから、キャリアプランを明確にしましょう、なんて言葉が蔓延る社会は生きにくいです。毒です。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、ポイズンなのです。

よいですか、キャリアプランを提示する機会に恵まれたら、必ず自分の成し遂げたいことを思い浮かべてそのために必要なことは何かを書けばいいのです。

題名:5年後の自分

「5年後の自分は資産5000万円を作って会社を退職しセミリタイア生活を送っていたいです。そのためには、年間500万円程の収入があと4年必要なので、あと4年間は命と時間を引き換えにお金を稼ぐ覚悟を決めました。この目標を達成するために日々倹約に励み、投資に関する学習も怠らないようにします。そしてこの目標を達成した暁には、柴犬ブログを立ち上げようと思います。」