32歳サラリーマン米国株投資日記

35歳セミリタイアを目指してみる

最優秀○○を発表します

いろんな人の話を聞いていると、この季節に優秀社員を表彰したり、前年の実績に応じた賞を与えたりする会社が多いようです。

会社は、これを一年に一度の晴れ舞台としてかなり盛大かつキラキラに扱っているのですが、私は違和感を覚えます。そのはりぼてをはがしていくと、次のような恐ろしい文字が浮かび上がってくるからです。

「最優秀社員奴隷

そう、私にはこのような表彰式が優秀な奴隷を発表する茶番に思えてならないのです。その理由として賞金がたいした金額ではないこと。どんなに高くても200~300万円位だと思います。もちろんそれなりの金額ですが、それをもらったところで何にもなりません。300万円入ったからセミリタイアだ、とはならない金額です。

たいていの人は住宅ローンの返済や何かの消費に使い、少し時間が経てば何もなかったかのようになっているでしょう。サラリーマンという奴隷から抜け出すには少なすぎます。

私は表彰される社員の方はすばらしいと思っています。自分の時間を犠牲にしながら休み返上で働き、他の追随を許さない実績を残されたのだと思います。その功績は間違いなく賞賛に値します。しかし、私が思うのは、その功績にしては賞与が少なすぎるのではないかということです。

もちろん、会社としてはここで1億円を贈呈するわけには行きません。なぜなら、そんな大金を手にしたら優秀奴隷がいなくなってしまうからです。もし私が1億円もらえたらその1億円でサラリーマンを辞めちゃいます。だから、奴隷から脱出できない範囲で最大限の賞与と名誉を与えて、さらに優秀な奴隷となるように会社は仕向けています。会社は1年1度の晴れ舞台を用意し、会社幹部の目の前で大々的に表彰されてしまうと、誰でも高揚して勘違いしてしまいます。「努力したのは無駄ではなかった。会社のためにもっと優秀な奴隷になろう」こうして奴隷から一生抜け出せません。

大前提として、会社は労働力という資本を使って利益を得ています。つまり、あなたに払う給料以上の儲けがなければ、あなたを雇う意味がありません。このことは十分肝に銘じておく必要があります。だから、あなたがとてつもない貢献を会社にしたとしても、結局そのご褒美は200~300万円と表彰状(または盾)止まりです。

これは資本主義の仕組みがそうなっているから仕方のないことです。「おれはこんなに仕事をしているのに給料が増えない」とか「役員は給料もらいすぎだ」だと愚痴るのは筋違いです。サラリーマンというのは、どんなに会社に貢献しようが、会社に不利益を被らせようが、収入に大きな差が生まれないのが特徴です。それを理解せずにサラリーマンをするのは愚か者です。

それを何とかごまかそうとする儀式がこの最優秀社員奴隷表彰式です。

表彰された方はおめでとうございます。あなたの功績からすれば、今回もらったボーナスでは少なすぎるのではないでしょうか。しかし、残念ながらあなたが会社にいる限り、どんなに会社に貢献しようとそれ以上のボーナスは期待できません。ご自身でも感じられているようにあなたほど優秀で、忍耐力も処世術もある方なら、会社に頼らずとも自力で生きていくことは十分に可能です。一刻も早くその奴隷ループから抜け出して、自分の力で豊かな人生を取り戻すべきです。

もしあなたに柔軟な思考力と決断力が残されているならですが。