本棚をすてた

ついに本棚を捨てました。本を読むより買う方が好きな私が本棚を手放したというのはただ事ではありません。しかし、この試みを通じて新たな本とのかかわり方が生まれた気がします。

私はもともと大量の本を保有する人間です。海外へ行くときも段ボール10箱を超える本と共に海を越えていきました。幸いなことに海外在住中は無駄に家が広かったので、本専用の部屋を作ることができました。そして、よなよな一人悦に入っていたのです。本を読むのも好きですが、本を眺めているのも好きな人間でした。

しかし、日本への帰国と共に本を置くスペースがない問題に直面します。こんなにたくさん本を持っているけど、そんなに読んでないよな。これではただの飾り物です。もちろん、飾り物としても意義があるけど、ものごとには限界があります。そこで、思い切って本に別れを告げることにしました。

もちろん、本をできる限り手元に置いておきたい気持ちがなくなったわけではありません。本そのものが気に入っていたり、一つのコレクションとして所有していたいという欲求は今でもあります。大きな本棚に好きな本を収容するのはとてもワクワクするし、あの本を読みたいと思った時にすぐに本が手に取れてよかったということもあります。

しかし、コレクションするには量が多すぎました。部屋が広ければそこまで気にすることもないのかもしれませんが、本の占めるスペースは、家賃にするとバカにならないということにも気づき始めたのです。

例えば、20㎡で60000円の物件だとしたら、3000円/㎡となります。本が1㎡占領しただけで、毎月3000円/㎡を本の場所代として支払っていることになります。家賃が高くなればなるほど本に支払う場所代も高くなります。

そして、次の方法で本たちに別れを告げていきました。

  1. 本を捨てる
  2. 本を売る
  3. 本を電子化する

売る時は、ブックオフに家まで買取にきてもらったり、メルカリで売ったりしました。メルカリでは、高値で買い取ってくれる品物が続出し、予想以上に資産価値があったことに驚きました。

たとえ安値でしか売れなくても、その本を求めている人に確実に届けることができるのは有意義なことです。そういう意味では、捨てたり、ブックオフで売ったりするより本のためになるのではないかと思いました。

それでもさすがにこれまで買い貯めた本全てと別れを告げるのは酷過ぎます。そこで、一部の本に対しては、電子化という手法を取りました。本をPDFなどして電子版で保存するという方法です。自分でやることを自炊といいますが、これをやってくれる業者が結構あります。1冊100~200円位でしょうか。業者によって価格帯やサービスは様々です。

これは私にとって一つの革命でした。

十数箱の段ボール分の本が、64GBの極小USBメモリに収容されてしまったのです。いつでもどこでもスマホで数百冊のお気に入りの本にアクセスすることができます。数百冊の本を持ち歩くなど物理的にはほぼ不可能です。しかし、電子版ならいつでもどこでも自分の好きな本にアクセスできます。これは紙の本では得られないメリットの一つです。アクセスの良さゆえ何回も読み返すことで一冊の本を読み深めることもできます。

このような本大量処分計画の中でハイブリット化された本の買い方が生まれました。

これまで欲しい本は、できる限りすべて電子版で購入するようにしていました。しかし、紙の本も進んで買うようになりました。なぜなら紙の本でも物によっては高値で売れることが分かったからです。特に一回しか読まないだろうなという本は紙で買い、即メルカリで売ります。そのお金でまた別の本を買うのです。

話題性があって汎用性の高い本は、定価の8~9割位で売れることも珍しくありません。もし気に入ったらそのまま保有し、必要であれば最終的に電子化すればいいのです。こうすることで、選りすぐりの本たちを電子版本棚に収容していくことができます。

電子版のデメリットの一つは、売れないことです。もっとも、買った本は売らない主義の人は関係ないと思いますが、昨今のメルカリブームで中古市場の流動性が高まってきています。本を以前より簡単に高値で売ったり、欲しい本を安価で買ったりできるようになっています。

本に割ける予算が限られているならば、できる限りその財源を有効に使うべきです。本を置くスペースを再考したり、電子版や紙版のそれぞれの長所を生かすことで、より多くの本に触れることができるのではないかと思うようになりました。

本とのかかわり方は、時間と共に変化するのかもしれません。本を「もの」として大切にしたいと思うこともあれば、知識を得る媒体として徹底的に最適化することもあります。

私はいままさにそんな過渡期にあるのだと感じます。たとえどのようなかかわり方でも本は私の人生を豊かにしてくれることには変わりありません。