こんな思いを抱いたことはないだろうか。
毎朝通勤時にいつも同じ時刻に同じホームで出会う彼女や彼(またはおじさん)が気になる。
最初は気にもかけていなかったのだが、毎朝会うのでどうしても気になる。
とてもチャーミングで、スタイルも良いし、綺麗で、中条あやみ似だとなおさらだ。
毎朝ホームに行くと、つい今日も彼女がいるかどうかチェックしてしまう。
今日もいる。そして同時にそれは今8時28分であることを正確に教えてくれた。
彼女が先にホームにいることもあれば、僕が先にホームにいることもある。
彼女が先にホームにいれば、僕は彼女の後ろに並び、僕が先にホームにいれば、彼女が僕の後ろに並ぶ。
たまに彼女が現れないときがある。そんな時は体調でもくずしたのだろうかと少し心配になる。
でも翌日8時28分にいつも通り彼女はホームに並んでいるのを見て安心する。
そんな日々を過ごしていた。
それから彼女と一緒に毎日通勤した。同じ駅で、同じ時刻、同じ車両に乗り、そして同じ駅で降りる。
彼女が先にホームにいれば、僕は彼女の後ろに並び、僕が先にホームにいれば、彼女が僕の後ろに並ぶ。
You know the rules.
まるで厳然と定められたルールのように、言葉を交わすことなく僕らはそれを守り続けた。
少なくとも彼女は僕に対して嫌悪感はもっていないということは想像できた。
もちろん会話は一言も交わしたことはない。時々彼女の視線を感じることはあっても目は合わせない。
毎日隣で吊革を握りながら同じ景色を眺めていたからただ勝手にそう思っていた。
彼女の外見や服装、持ち物などから指先まで何か少しでも彼女のことを知ろうとしてみる。
でももちろん何も分からないままだ。
彼女は僕のことを認識していたのだろうか。
ホームにいる僕のことを発見しては安心し、時計代わりにしてくれていただろうか。
もしそうならとても嬉しい。
しかし、ある時から急に彼女に会えなくなってしまった。
なぜなら僕が会社に行けなくなってしまったからだ。
もちろん当時は彼女のことを考える余裕はなかったけれど、落ち着いてくると、彼女のことを思い出すようになった。
彼女は今でも8時28分にあの電車に乗って出勤しているのだろうか。
僕がいなくなったことに気づいていただろうか。
それとも何事もなかったかのようにあのホームに並び続けているのだろうか。
しばらくして会社に行けるようになったが、8時28分の世界には急には戻れない。
それでも訓練しながら少しずつ出勤時刻を早めて行った。
それができたのは8時28分の彼女にもう一度会いたかったから。
10時、9時半、9時。そしてついに8時28分にあのホームにたどり着けた。
彼女はいるだろうか。時計を見る。
8時28分。
でも彼女は現れなかった。
あれからもうだいぶ時間が経ってしまっている。職場が変わったり、通勤時間が変わっている可能性だって十分ある。
でももう二度と彼女に会えないと思うととても悲しかった。
何のために一生懸命通勤時間を早めてきたのか、馬鹿らしくなった。
そんなことを考えているとき、急に後ろから声が聞こえた。
「おはようございます、お久しぶりです」
振り向くとそこには彼女が立っていたのだ。僕は驚きのあまり何もできなかった。
「私も今会社に向かっているところです」
イヤフォンをしながら笑顔で話す彼女。とても美しい。
ただ電話しているだけだった。
なんだ電話か、びっくりさせないでくれよ、挨拶されたかと思った。死ぬかと思ったよ。
でも彼女ともう一度会えて嬉しかった。これでまた彼女と一緒に通勤できる。
僕たちは以前の通り定められたルールに従って、電車に乗り、同じ景色を見る。そして会話は一言も交わさない。
You know the rules.
僕の隣には彼女がいる。
相変わらずチャーミングでスタイルがよくて、透き通るように綺麗な肌をしている中条あやみ似の彼女。
彼女は僕のことを覚えているだろうか。
突然、電車が激しく揺れた。
つり革を握る手に力が入る。
彼女の身体が胸に飛び込んできて、僕にその体重を預けた。
彼女の手が僕の腕を力強く掴んだ。
生きていると思った。ようやく8時28分の世界に戻ってこれたのだ。
「すいません」
このまま時間が止まればいいのにと願いながら、軽く会釈をする。
つり革が元の位置に戻ると、僕の身体は軽くなった。
香水の匂いをかすかに残して、彼女の手は僕から静かに離れていく。
窓から見える景色と同じように、彼女も何も変わっていなかった。
左手薬指の眩い輝きを除いて