33歳の米国株投資日記

生き方を変えよう

今年は本を何冊読むという目標は必要ですか?

前の前の会社にいたときの話ですが、年初に目標の共有みたいのをさせられました。仕事とかプライベートについての目標ですが、たまに「本を何冊読みます」という人がいます。

結構な本の冊数を目標を掲げる人がいますが、僕は違和感を覚えました。

なぜなら読書は冊数がすべてではないよね、と思ったからです。

でもそう言っている人の意識は高そうだし、その上司もふんふんと聞いている。

もちろん、本は読まないより読んだ方がいいでしょう。

目標を掲げることで本を読む習慣がなかった人は本を読むようになるかもしれないし、どんな本からだって学ぶことはあるはずです。

だから具体的な冊数を目標にして読書を習慣化しようというのは大いに結構だと思います。

しかしですね、冊数が目標になってしまって、本の内容が全然入ってないよう、なんてことにならないように気をつける必要があります。

その本を読んで自分が何を得て、何を感じて、どうしたのか。

その本から得られたものを何かしら自分の中に蓄積していけるのが理想です。他人の意見より自分がどう感じたか。

つまらなかったとしてもこれこれこうでつまらなかった、というのであれば十分その本を読んだ意味はあります。

むしろ、なんでこんな本が流行ってるか分からないとか、誰も知らないこの本のこの場面が好きという感想こそ価値があるのではないでしょうか。

前の前の職場の話ですが、上司に村上春樹の「1Q84」を読みました。って言ったら、「牛河がどうやって殺されたか知ってるか?」と聞かれました。

たまたま記憶に残っていたので「ビニール袋をかぶせて殺されました」と答えたところ、おぉちゃんと読んでるんだな、と感心されたのを覚えています。

ちょっといやらしい感じがしましたが「読みました」ってこういうことだよなとも思いました。上司は続けます。

「おれはあの銃の言葉が好きだな。物語の中に銃が出てきたらそれは発射されなくてはならないだっけ?なるほどなと思ったよ」

人それぞれ記憶に残るシーンやフレーズは異なります。

でも自分が「これは」と思った箇所は、どっかに書き留めて置いたりすると良いかもしれません。

いつかその言葉が役に立つかもしれないからです。読書をしながらそれを見つけるのも楽しみの一つ。

僕は紙の本なら折り目を付けたり、電子書籍ならラインマーカーを引いたりしています。これを後から読み返すのが結構面白いんです。自分がハマった珠玉の言葉たち。

最近ではブログで読書感想文として記事にしたりしていますが、これも後で見返すと非常に面白い。

全部は大変かもしれませんが、読書感想文を自分のために書くのは有意義なことだと感じました。

だから、読書の目標としては「何冊読む」より「読書感想文を書く」というのはいかがでしょうか。

そして、それをブログにして発信してみるとか。冊数の目標よりこちらの方が良さそうです。

読了できなくても記録を残しておくことは意義があります。

例えば、最近 限りなく透明に近いブルー を読んだのですが、描写が結構グロテスクで途中から内容が全く頭に入らなくなりました。

もう一回最初から読み始めたけどやっぱりだめだった。読了できていませんが、そういうことを記しておくだけでも意味はある気がします。実際この作品の印象は強烈に残っています。

こんなことをしていると全然先に進まないので、読了する冊数は減ります。年初の目標は達成できないかもしれません。

でもこうしたゆっくりとした読書から得られることもたくさんあると思うのです。

目標冊数を決めてどんどん手当たり次第本を読むことも大事です。

しかし、自分が「ぬおおおお」と思った本は、じっくりと、1回だけでなく重ねるように、繰り返し読むことも大切です。

そして自分の言葉で何か残しておく。

これを続けることができたら、一つの小説が書けそうな気がしてきました。

もしかしたらあなたの残した言葉が他の人を救うことができるかもしれないのです。