33歳の米国株投資日記

生き方を変えよう

人生史上最もドキドキした間接鱚

今となっては昔のことだが、サラリーマンをしていたことがある。

今振り返れば、よくもまぁサラリーマンができていたなと感心するが、決してつまらないことばかりであったかというとそんなこともない。

時には私の心を大きく揺さぶるできごともあったからだ。

今日はそれについて書こうと思う。

最もドキドキした間接鱚の話だ。

漢字が読めないと思ったあなたも安心してほしい。この作品を読めば、その読み方が分かる。

魚が喜ぶと書くが、人間の場合、喜ぶという一語では到底描き切れないドラマがある。

さて、その事件が起こったのは、出張先のことであった。

前職もその前の職も出張が多かった。

私だけでなくてみんな多かったから、多くの出張者が出張先に一同に集うなんてことも珍しくない。

その出張先には、社員がノートPCなどで仕事ができるスペースが用意されている。

他のグループや部の人も利用することがあり、そこでいろいろな出会いも生まれた。

何しろ限られた狭いスペースだから、一人がパソコンを広げるのが精いっぱいで座る時も結構ぎゅうぎゅうという有様である。

だから、近くにいる人とは自然と会話もするし、何回も会う人とは顔見知りになる。

彼女もそのうちの一人であった。

別のチームではあったが担当している仕事が似ていることもあり、最初は挨拶を交わす程度であったものの、徐々に打ち解けていろんな話をするようになった。

何なら僕の隣に空きがあるようなら、進んでそこに入り込んでくる積極性も見せる。

「あっ、こんにちは~、ここいいですか~??」

もうこの時点でちょっときゅんとする。僕はナイーブなのだ。

さっきも言ったように、このスペースは狭い。

パソコンで仕事をしているだけで、僕の左腕が彼女の右腕に触れてしまいそうになるほど狭い。

彼女に変に触れてしまわないように脇を締めてキーボードを打つ傍、右側は汗ばんだ上司の腕があるためさらに右脇も閉まる。

このパーソナルスペースに入ってくる時点で、彼女は僕に悪い印象は持っていないだろう。

いや、もしかしたら僕のことを好きかもしれないと勝手に想像の翼を宇宙のように広げていた。

彼女はかわいかった。

例えていうなら、テレビ東京の入社一年目の田中瞳アナにそっくりだ。

ちょっと童顔だけど、天真爛漫で、少し抜けているところがある。

そのちょっとおっちょこちょいなところがまたかわいい。

しかし、それが今回の事件を引き起こした。

いつも通り、二人並んで座っていて、会議のために僕だけその出張者スペースを離れたときのことであった。

パソコンや手帳など必要最低限の荷物を持って、席を立った。

そして、会議から戻って席に着くと、彼女が申し訳なさそうに僕を見つめている。

「どうしたんだろう、なんかしたかな?」

僕は机に置いてあったペットボトルに手を伸ばし水を飲もうとした。

「ちょっと、待って、、」

彼女の手が僕の手を抑え、耳元で静かにささやいた。

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「ごめんなさい、牛さんの飲み物間違って飲んじゃいました、、ほんとすいません。弁償します。勝手に牛さんの飲み物捨てるわけにはいかないから、、牛さん戻ってきてから伝えようと思って、、、」

冷静さを装いながら私はひどく戸惑った。

これ難問やで。

正解は何か。

その日の業務はそこですべて終了し、残りのリソースをこの問題の解決に使うことに決めた。

「あぁそうなの、分かった、じゃあ同じのをお願いしてもいい?」

これはどう考えても失礼な気がした。

これだと彼女が口をつけたのが汚くて、嫌みたいに聞こえるからだ。

「あぁ、なんだ、そういうこと?全然いいよ、気にしなくて、大丈夫、大丈夫」

と答えるが無難か。

いや、でもこれはこれで、彼女が嫌かもしれないのに、無理やり彼女の間接鱚を奪うことになってしまう。

うわぁ、きも、とか思われるかもしれない。

問題は、彼女が気にするかどうかである。

だから、念のため次のセリフを添えた。

「あぁ、でもなんか自分が口をつけた飲み物が他人に飲まれるのが嫌な場合もあるよね、、もし嫌だったら捨てちゃっていいよ」

こう言われたら簡単には捨てられまい。ちょっとずるいが、先に僕の間接鱚を奪った彼女の方が悪い。

「いや、私は全然大丈夫なんですけど、牛さんはいやじゃないかな、、と思って、、、」

「(やれやれ)」

物事は確実に前進している。

「あぁ、じゃあいいよいいよ、気にしなくて、僕も大丈夫だから」

「すいません、牛さんも私とおんなじの飲んでて、自分のが左側に置いてるのをすっかり忘れてて、視界に入ったボトルを勢いで飲んじゃったんです。飲んでるとき自分のが左側にあるのに気づいて、吹きそうになりました、ははは」

天真爛漫である。

とてもかわいらしいではないか。まさか、わざとではないだろうな。

わざとだったら天才やで。

しかし、次の問題が立ちはだかった。

それは、いつそのボトルを飲むか、である。

これみよがしに彼女の目の前で飲むのもなんか変態的だし、それこそ気持ち悪いと思われてはかなわない。

だからといって、飲まないのも、やっぱり嫌なのかな、と思われてしまうかもしれない。

彼女を嫌な気持ちにさせないことファーストで進めてきたのでこれでは意味がない。

しゃあないな。

飲もう。今日はとことん飲み明かそう。

しかし、これはとても勇気がいる。

ボールは渡された。

彼女は気になっているだろう。

私が口をつけたボトルをこの男は本当に飲むのか。。

気になっているのは、彼女だけではなかった。

彼女が私に自白したときは耳元でささやいたものの、その後のセリフは普通の音量で発せられたのだ。

「すいません、牛さんも私とおんなじの飲んでて、自分のは左側に置いてるのをすっかり忘れて、私の右側にあったボトルを勢いで飲んじゃったんです。飲んでるとき自分のが左側にあるのに気づいて、吹きそうになりました、ははは」

周りは皆、彼女が口を付けたボトルが我が管理下に置かれていることを知っている。

まな板の上にある「承認された間接鱚」をどう調理するのか。

彼らの注意は、この一点に集約されていたといっても過言ではない。

その緊張感が完全にその場支配していた。

「あいつ、飲むのか」

「まさか、そのまま持って帰るわけないよな」

ペットボトルを手に取り、ゆっくりとキャップを外した。

「プシュッ、シュゥゥゥーッ」

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炭酸だったかな。

果たしてどんな味がするのだろうか。

心なしか甘い香りと酸味を感じた。

そんなことはあるはずがない。

これが鯉か、いや鱚か。

あまりの緊張で頭も味覚がおかしくなってしまったのだろうか。

どう考えても甘酸っぱい。

そう思ってよくラベルを見ると、自分のボトルではないことに気がついた。

しまった、隣にいた上司のやつを間違って飲んでしまった。

やってもうた。

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もしこんな状態になったらどうだろうか。

上司はまだ戻ってきてない。

バレたらめんどくさいことになる。

そのまま静かに何もなかったかのように、そのまま元の通りにしておこう。

何も言わなければ、絶対にわからない。

わかるはずはないのだ。

ん、味が違う、おかしいな?お前飲んだな?

なんてことには絶対にならない。

自分だったらなかったことにしてしまうだろう。

だから、彼女も何も言わなければ、僕は何も分からなかった。

何もなかったことにしておけば、僕は絶対に分かるはずはなかったのだ。

「承認された間接鱚」の調理法に迷うことはなかった。

彼女は天才だったのか、天然だったのか。

彼女はいまどうしているだろうか。

またあの場所に足を運んでいるだろうか。結局彼女には直接何も言えずに僕は退職してしまった。

どうか、くれぐれも同じミスを犯さないでほしい、そう願うわがままな僕であった。