三十七歳の日記

Diary of My Thirty-seventh Year

現実逃避の映画鑑賞に別れを告げよう

私は会社員時代に現実から逃避するためによく映画を見に行っていました。映画を見たいというよりは、仕事がある現実から逃げることが目的でした。

みなさんも経験ありませんか?

特に日曜の夜。

もう少しで休日が終わり、憂鬱な仕事が忍び寄ってくる。

週末に送られたメールを読まなければいけないが、恐ろしくてパソコンすら開けない。

そんな時によく一人で映画を見に行っていました。幸いなことに、家の近くに映画館がたくさんあったのです。

何が見たいかというよりも、一番遅い時間にやっているものを適当に選んでいました。

レイトショーで価格も安いし、日曜の夜は空いているので快適です。

何度も行っているので最初の予告が終わる時間帯もわかっています。

作品が始まると同時に来場し、一番端っこの席にぬるっと滑り込む。

端の席であれば、少し遅れても他の人に迷惑をかけることはありません。

こうして暗闇の中で作品に没頭できる。

外の世界の雑音をシャットアウト。

できる限り作品の中に入り込む。

その世界にそのまま留まりたかった。

映画が終わるのは深夜。

終電がない時間帯になるときもありますが、思いのほか多くの人が映画を見ていたことに驚きます。

明日の仕事が憂鬱で映画を見に来た人はどれくらいいるだろうか。

現実逃避の映画鑑賞の後、どんな思いでこの帰り道を歩いているのか。

日曜の夜の映画館は、どこか悲しい。

昼間の映画館とは違う独特の雰囲気がありました。

最近久しぶりに映画を見に行って、そんな暗鬱な世界を思い出しました。

私が会社員を辞めた理由は、ピックアップトラックの荷台が山積みになるほどありますが、そのうちの一つは「現実逃避で映画に行くような生活は理想的な生活ではない」ということです。

映画を見たいから映画を見る。

こんな当たり前のことが当たり前にできなくなっていたら、何かがうまく行っていないサインです。

仕事から逃げるためにやってしまっていることが増えていないだろうか。

仕事のストレスを発散するためにやっていることはないだろうか。

あかんではないか、と思ったら少しずつ生活を最適化していかなければなりません。

もちろん、私のように会社を辞めることが最善の方法ではありませんが、日曜の夜に現実逃避したくなる原因があればできる限り取り除く必要があるでしょう。

しかし、現実逃避でも多くの作品に触れて、それを取り巻く独特の世界を見ることは私の役に立ちました。

そして日々の創作活動にもそれが回りまわって活かされている気もします。

逃げで映画を見るのではなく、自分から進んで映画を見れるような生活を送ろう。

そんなささやかな希望も自分の生活をより豊かにする一助となるはずです。