三十七歳の日記

Diary of My Thirty-seventh Year

今日の仕事は苦しみですか

朝起きたら、仕事をめぐる広告に批判が集中したニュースを見た。広告としては大成功である。実際、寝起きの私にその広告を見させることに成功した。

f:id:wakaiojisan:20211006102214p:plain

しかし、これはちょっとかわいそうである。

この広告に批判が殺到したということは、その逆の言葉を使えば大歓迎されるのだろうか。

「今日の仕事は苦しみですか」

確かに歓迎されるかもしれない。

私にとって仕事は苦しみであったが、今の生活を手に入れるのに必要な手段であった。

スパイのように会社に潜入し、必要な任務を全うした後、颯爽と姿を消した。

私の会社員生活を今振り返ると、そんな感じだった。

仕事自体は楽しみではない。

むしろ苦しみの方が多かったけど、その先が楽しみだった。

その楽しみを手に入れるためであれば、期間限定の苦しみは耐えられた。

辛いのは、終わりがないように見える苦しみだ。

終わりが果てしなく遠い苦しみはとても辛い。

私にとってサラリーマンは、それに近いものであった。

手足に鎖をつけた重い身体を引きずり、白黒の世界を俯きながら当てもなく彷徨った。

この苦しみをあと30年も続けるのか。

f:id:wakaiojisan:20211006102214p:plain

泣いちゃうよ。

今日の仕事は苦しみですか。

もしそんな広告を出す会社があったら救いを求めてしまったかもしれない。

しかし当時の私には判断力が残されていた。

こんな苦しみを数十年にもわたって味わい続けるのは身体に悪いと判断できた。

だから、生活に困らないお金を貯めて、別の道を歩むことに決めた。

今日の仕事は楽しみですか

と言われても、うふふふ、という穏やかな気持ちでいられる。

しかし、そうではない人も多くいるだろう。

中にはイラっとする人や悲しい気持ちになる人もいることも想像できる。

私がサラリーマン時代にこの広告を見ていたら発狂していたに違いない。

今回の広告は、仕事について考えるとてもよい機会になったのではないか。

今日の仕事は楽しみですか。

うふふふ。

という気持ちになれたかどうか。

なれないなら、仕事について考えてみるべきである。

仕事が苦しみであることが明確に分かっただけでも大きな収穫である。

苦しみはできる限り減らした方が良いが、その苦しみに見合うものが本当にあるのか。

もしないのであれば、その苦しみを少しでも減らすためにできることを今から実行していくべきだ。