「海外駐在員への唄」を聞いて会社員時代を思い出す

YouTubeを見ていたらケツメイシの「海外駐在員への唄」というミュージックビデオを見つけたので紹介します。

私は会社員時代にケツメイシをよく聞いていて、あまりに聞きすぎてケツメイシ=会社みたいなイメージになってしまいました。

このためケツメイシ聞くだけで「うわぁ、、」となるので、最近はあまり聞くことができていませんでした。

こういうのよくありますよね。

音楽と過去の記憶は密接に繋がっている。

そんな中、ケツメイシの新しいミュージックビデオが続々とリリースされたので、つい見入ってしまいました。

歌もさることながら、ビデオも素敵ですね。

私はテレビを見ないのでよくわかりませんが、お笑いコンビの「ザ・マミィ」が出演しており、おそらくフィリピンでの駐在を想定して作られています。

遠くで感じる寂しさ孤独

言葉の壁にも努力を注ぐ

そんな風にして もうはや何年

思い出すあの頃 もうただ最低

「もう帰りてぇ」と弱音を吐いて

私はこう見えて10年くらい会社員生活を送っていたことがあるのですが、そのうちの半分は中国に駐在していました。

26歳の時に出向し、31歳の時に帰任しました。このブログもその駐在生活中に産声をあげました。

駐在時の業務内容は、半導体に関する製品を中国のお客様に販売するという仕事(+日本からの出張者に朝から晩までアテンドするツアーコンダクターのような仕事)でした。

なかなか大変でしたが、今振り返るととてもやりがいのあるもので、中国の大手メーカーに自分が売った製品が採用されて、それが世の中に出回るのを見るのはとてもエキサイティングでした。(そして、あぁ資本主義よ、と嘆いた)

20代の後半という青春時代を仕事に捧げた代償は大きかったですが、それがあったからこそ、今の生活にたどり着けたというのもあります。

海外駐在は側から見るとすごいキラキラしていて意識高いイメージがあると思いますが、私の場合は違いました。

泥臭い仕事がたくさんあります。

例えば、今はそんなことはないのかもしれませんが、日本企業で海外駐在をしていると、本社からの出張対応がめちゃくちゃ多くて大変です。

当時は「中国市場を攻めよ」という上層部の指令により「中国市場意識してますよアピール」をするための出張が後を絶たず、本社からたくさんのおじさんが中国に押しかけてきました。

日本から出張者が来ると、車などの手配、顧客のアポイント、資料の翻訳、当日のアテンド(朝から晩まで)などなど仕事が倍増どころか、3倍、4倍、5倍増になります。

だから、いつも「来るな、来るな、来るな、来るな」と心の中で叫んでいましたが、そのうちの半分くらいは実際に口から出てたとは思います。

特に夜のアテンドがめんどくさいです。

中国に出張に来るおじさんたちの中には(もちろんそうじゃない人もたくさんいますが)、エロ目的で来る人もいます。

出張中は毎晩カラオケにもアテンドしなければならない時もありました。

あの部長はここ、あの課長はここ、あのプロジェクトリーダーは、、みたいな感じで、プロジェクト管理して共有し、俺はここを対応するから、君はここを頼む、みたいなフォーメーションを組んで対応しました。

もちろんこのアテンドに経費は使えませんから、自腹で社内接待をするのです。このような辛さがJTC海外駐在員にはあります。

私にこのミュージックビデオを作らせて頂ければ、中国版の超リアル「海外駐在員への唄」を作れるでしょう。

絶対に面白いと思います。

もう一つ中国駐在で印象に残っているのは、定期的に反日デモが起きることです。

私が駐在していた時もかなりひどいデモが起きていて、近くの日本料理屋や日本のメーカーの車が襲撃されるなどの被害が出ていました。

日本メーカの車に乗っている中国人も襲撃されないように車に反日の紙を貼ったりして大変そうでした。

当時はなるべく日本人一人で外を出歩かないように言われ、会社へ行くのも車で移動するなどの措置が取られていたことを思い出します。南京出張をした時もちょっと嫌な思いをすることもありました。

このように、海外駐在中は、プライスレスな経験することができました。

特に良かったのは、駐在中に会社とは関係のない友達ができたことですね。

私は駐在先でランニングクラブに入っていたのですが、この人たちと今でも繋がっています。

もちろん、ほとんどの皆さんは日本に帰ってきていて、バラバラになってはいますが、今でも定期的に会います。

共通の趣味があるし、バックグラウンドも似ている人が多いので、波長が合う人が多いのでしょう。会社も関係ないので気が楽なのです。

年上の方ばかりですが、大人になってから素晴らしいお友達ができたのが良かったです。

もし会社を辞めていなかったら、また海外駐在に行っていたでしょう。2回目が終わって、また日本に戻ってきている頃だろうか。どうだろうか。

今も会社員時代の知り合いから、あの人がまた海外に行ったらしい、という話が耳に入ることがあります。

日経新聞の人事欄で昔一緒によくフィリピン出張していた係長が部長になっていることを知りました。

面倒をよく見てくれたあの先輩はまだ海外にいる。

私を支えてくれた後輩はまだ海外にいるだろうか。

そんなことを思いながら「海外駐在員への唄」を聞くと、心に沁みるのでした。