私は以前どんな仕事をしていたのか(第12回)

中国語を学べば学ぶほど、彼女との関係も深まっていくように思えました。

あらすじ

2007年、就活を始めた牛は、唯一受験した新聞社の選考に落ちて挫折。その後海外で働くことを志し、海外営業職の内定を得た。入社後は中国語を使うことになるが、牛の中国語人生を変えた一人の女性との出会いを振り返る。

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「私はどんな仕事をしていたのか」と言いつつ全然仕事の話が始まらないじゃないか、と思われるかもしれません。

しかし、この「中国語と彼女と私編」なしには「中国飛翔編」が成り立たないので、もう少々ご辛抱ください。

もしかしたら退屈な仕事の話よりも、大学のラブストーリーの方が良いという方もいらっしゃるかもしれませんが、、

何はともあれ、こうしてTさんと私は中国語という共通点で繋がっていったのでした。

Tさんはとても優秀な人でした。

大学は一般受験ではなく指定校推薦で、私は指定校推薦勢を尊敬していました。

その大学に入るためには、そこそこの学校でほぼオール5の成績を取る必要があり、学校の成績でほぼオール5を取るのは私に取っては無理ゲーだったからです。

「学校のテストは範囲が決まっているから簡単じゃない?先生の言うことを聞いて、やるべきことをしっかりやっていれば取れるよ。むしろ一般受験の方が範囲が広くて対策しにくいから難しくない?」

と、T女史は言います。

なるほど、そんなものか、と思いました。

私の高校3年間は硬式野球部に所属し、白球を追いかける忙しい青春時代を過ごしました。

休みはほとんどなく、休日は朝から晩まで練習や試合や遠征で勉強する時間はほとんどありません。このため推薦で大学に行くことは早々に諦めていました。

私の学校では、高校2年時に私立志望(文系と理系)か国立志望かによってコースが分かれました。

私は私立文系コースに決め、2年次からは理系科目を最小限にした私立文系に特化したカリキュラムが組まれました。

早慶を目指してMARCHに落ち着くくらいのレベル感でしょうか。

つまり、高1の終わりには国立に行くことを諦めていたことになります。

もちろん、国立の大学に行きたいという憧れのようなものはずっとありましたが、東京の国立はいずれもレベルが高かったので、絶対に無理だと思っていました。

野球も忙しいし、理系の科目が壊滅的にできなかったので、5教科7科目が必要な国立志望にしてもうまくはいかないだろう、と諦めました。

そんな背景もあり、全科目満遍なく5を取る人のことを私は神のように崇めていたのです。

個人的な感想ですが、内申オール5人材は将来JTCで働く時にそこそこ使える人間になるのではないか、と思っています。

入試科目だけ短期間で要領よく勉強することも大切ですが、指定校推薦勢は、好きな科目も嫌いな科目もみんながやっていようとなかろうとやります。

テストの成績は言うまでもなく、先生が気に入ることを敏感に察し、提出物に細やかな配慮も忘れない。書くべきことを心得、文章も上手い。

これは仕事にも活かせる部分があるのではないでしょうか。

内申オール5の指定校推薦勢は、バランスが取れた誠実な人柄の方が多いと感じました。

Tさんの中国語への取り組みは素晴らしいものでしたが、それ以外の科目も(様々な方法を駆使して)完璧にこなしました。試験勉強も私と違って計画性があり、私はTさんから多くのことを学びました。

「ねぇ牛くん、今度中検4級受けてみない?」

「いいよ、4級受かるかな」

「4級の問題を本屋で見てみたけど、これは今受けても大丈夫そう。でも3級はまだ難しそうだから、まずは4級がいいと思ったの。」

「じゃあ今回4級で次回3級受けよっか。」

「うん、じゃあ一緒に勉強しよ」

キュン

という具合にTさんに先導(煽動)され、キュンキュンしながら中国語検定への挑戦を始めました。

中国語検定4級の基準は以下のとおりです。

中国語の基礎をマスター

平易な中国語を聞き,話すことができること。
(一般大学の第二外国語において一年以上の学習程度。)

出題内容 | 中検 | 中国語検定試験

ちょうど中国語を初めて1年が経ったくらいの頃だったのでちょうどいいタイミングでした。

その次の目標は第56回(2005年6月実施)の3級ですが、これはちょっとチャレンジングです。

自力で応用力を養いうる能力の保証(一般的事項のマスター)

基本的な文章を読み,書くことができること。簡単な日常会話ができること。
(一般大学の第二外国語において二年以上の学習程度。)

出題内容 | 中検 | 中国語検定試験

このタイミングだと第二外国語で1年ちょっとしか勉強していないので、学校の授業だけでは足りません。

しかし、Tさんの見立てでは問題集を買って自分で対策すれば十分合格できるとのことでした。

「3級までは多分いけるんだけど、2級からはレベルが全然違うから、そこはもうちょっと時間はかかるかも」

「4級、3級、2級と連続合格できたらいいのにね」

「うーん、それは無理だと思う」

「(よしやってやろう)」

こんな感じで一緒に中国語学習戦略を策定していくのは楽しかったです。

Tさんと一緒にいたら、自分ももっと強くなれるのではないか。

くそー、ジャイアンめ。。。

ドラえもーん

ちょうどその頃でしょうか。

明確な時期は忘れましたが、1年生の終わりかけくらいのことだったと記憶しています。

定例ベローチェ会か他のカフェか大学か、どこかでTさんと会った時でした。

神妙な面持ちでTさんは話し始めました。

「あのね、ジャイアンと別れることにしたの」