三十七歳の日記

Diary of My Thirty-seventh Year

カレーとライスは分けたい理由

世の中には二種類の人間がいます。カレーとライスを混ぜて食べる人と分けて食べる人の二種類です。私は後者の分ける派に属しています。その理由は、不可逆性です。

これは私の生き方にもかかわってきます。

要は、常にあらゆる選択肢を残しておきたい、ということです。

不可逆な状態はできる限り排除したい。

不可逆とは元に戻せないことです。

例えば、一たびカレーとライスが混じりあってしまったら、もう二度とカレーとライスは元通りにはなりません。

ライスだけ食べたいな、となった時にライスがなかったり、逆にカレー多めで食べてみたいとなった時にカレーの在庫がない、となったら、人生損した気分になりませんか?

そこで、カレーとライスを分けておけば、常にカレーとライスを好きな配分で食べることができる。

この選択の自由を常に手元に残しておきたい、というのが、カレーとライス分けたい派の主張です。

私はこの主張をとても深く重要なテーマだと考えています。

この不可逆性問題は、以前ドラマでも取り上げられてとても流行りました。

「カルテット」というドラマで、からあげにレモンをかけるかかけないかで口論になるシーンです。

このシーンの後にとても大事なセリフがあります。

レモンするってことはさ、不可逆なんだよ。

二度と元には戻れないの。

その通りだなと思いました。

カリカリしている唐揚げとレモンがかかった唐揚げ、しかもレモンのかかり度を調整できる状態を常に残しておきたい。

私はその方が人生を楽しめると思っているのです。

世の中には、完全に不可逆ではないけど、一たび物事を進めると元に戻すのが困難なことがたくさんあります。

例えば、会社員になるのもそうです。

一たび会社員になると、無職になるのがかなり難しいです。だから私は今後も会社員になることはないでしょう。無職も楽しみたいし、やりたい仕事があったらそればっかりやってもいいし、その半分半分位の状態も楽しみたい。

こうしてカリカリ度を自分で調整したいのです。

だから「レモンかけますね」と言ってからあげにレモンをかけちゃダメなんです。

このように「カレーとライス分ける派」「からあげにレモンかけない派」に通底している思想は、常に多くの選択肢を手元に用意しておきたい。ということだと思います。

私がカレーを食べるときは、必ずカレーとライスが別々になっているものを購入します。

序盤はカレーだけ食べて、中盤はライスだけ、後半はその時の気分でカレーとライスの配分を考えて食す。カレーの食べ方を少し変えるだけでも全く印象は変わるものです。

自分のライフスタイルもコントロールの余地があればあるほど、味の変化を楽しめ、より美味しくなるではないでしょうか。