三十七歳の日記

Diary of My Thirty-seventh Year

21世紀版都市型隠居について

私は3年前に33歳でサラリーパーソンを辞めました。なぜなら会社員をやっていると体調が悪くなるからです。

世間一般的には33歳で会社員を辞めて、定職につかないのはあまり普通ではない生き方のようです。

一言で言えば、やばいやつ、だとみなされます。

私もサラリーパーソンを辞めるとき、周りの人から次の就職先は決まっているのか、とか、次の行く先が決まってから辞めるのはどうか、と言われたことがあります。

ないよ。

次の行先なんかないよ。

行くのは家だよ。

また会社勤めしたら、視界が狭まって、景色が白黒になっていくに決まっています。

オツカレサマデス、を連呼する日々に別れを告げたいのです。

ということで、私の隠居生活が始まりました。

隠居といってもこうして毎日記事を書いたり、アスリートとしてトレーニングを積んだり、英語教育に関する事業に取り組んだりして仕事はしています。

それでも一日の大半はゆっくり過ごして、自分の時間をたっぷり確保することに努めています。

以前東京郊外に住むのが良い、という記事を書きましたが、それを実践している人がいるということを読者の方から教えて頂きました。

著者の大原扁理さんは、東京郊外(国分寺)の28,000円/月のアパートを借り、節約しながら、自由な生活を謳歌しておられたそうです。今は台湾に移住されたとか。

まさにそういう生活が今は日本で可能になっていると感じます。

若い頃に短期集中でお金を貯めて全力で投資して一定の額までお金が貯まったらスローダウンしてイキる。

これです。

私はちょっとした贅沢を取り入れることをポリシーにしているので、28000円/月の家には住まないとは思います。

しかし、東京の郊外に住めば、東京の利便性を享受しつつ、家のグレードアップを図るという点で方向性は同じです。

大原さんの別の書籍で次世代型の隠居について書かれていたので紹介します。

既存のイメージで隠居とひとくくりにするのは、少し無理があるような気もします。そこで、「21世紀版都市型隠居」と呼んでみるのはどうでしょうか。

以下、その条件を箇条書きにしてみます。

  • 郊外の小さな安アパートを借り、
  • 週に2日だけ働き、
  • 人に迷惑をかけず、
  • 友人は厳選した人が少しおり、
  • 携帯はもたず、
  • テレビも持たず、
  • 社交をせず、
  • たまには都会に出ていって贅沢もするが、
  • 基本的には欲はなく、
  • こだわらない。
  • ただひとつだけ、現代社会と距離を置くことに、どん欲にこだわる。
  • そして自分の生活をこよなく愛し、楽しんでいる。

思い立ったら隠居 ――週休5日の快適生活 (ちくま文庫)

素晴らしいですね。

抑えられる出費はできる限りおさえつつ、自由を確保して、自分の好きなように生きる。そして時には贅沢もする。

足るを知ることで、生活がより豊かになる。

もちろん私は大原さんのような隠居生活はできません。テレビやスマホを持っているし、欲もあるし、こだわりもある。

しかし、それでいいのだと思います。

上記の21世紀版都市型隠居を自分なりにカスタマイズして自分にとって快適なライフスタイルを作り上げていく。

そしてその生活に必要なお金を作れるように日々の生活をデザインする。

これがクリエイティブでとても楽しいではありませんか。

しかし、これを楽しいと思えるかは人によって違うと思います。楽しいと思えるなら試してみればいいし、不安に思うならその不安がなくなる生活を選ぶべきです。

大原さんがおっしゃっているように決定権が自分にある生活というのが個人的にとても気に入っています。

寝るのも起きるのも、遊ぶのも働くのも、全部の決定権が自分にある生活です。これほどおもしろいことはありません。逆言えば、全部、自分で決めなければならない。やるべきことは何にも、誰からも与えられない。

中略

ですから、隠居の適性があるとすれば、決まりきった型からはみ出すことが苦にならない人、他人からどう見られてもどうでもいいと思える人。こういう人は、隠居に向いていると言えましょう。

思い立ったら隠居 ――週休5日の快適生活 (ちくま文庫)

自分は隠居に向いているかもしれないと思いました。そういうDNAがきっとあるのでしょう。

これからの時代は、いかに自分なりの隠居生活を確立するか、だと思いました。

みなさんもご自身の理想的な隠居生活について考えてみてはいかがでしょうか。